嫌なことは宝物の入り口

全盲のピアニストにSさんという方がいらっしゃいます。Sさんは、二歳のときに目の病気にかかり失明しました。お医者さんは「眼球を残しますか、それとも取り除きますか」とSさんのご両親にたずねたそうです。眼球を残せば今後医療が発達したとき目が見えるようになるかもしれない。でも眼球を残すと命を脅かす病気にかかる可能性も出てくる。ご両親は悩みました。そして、出した結論は、「命を大切にしてほしい」という願いのもと、眼球を取り除くことにしたそうです。二歳のわが子の眼球が摘出される。何と辛い思いをされたことでしょう。でも、Sさんはおっしゃいます「両親が与えてくれた命でこんなに楽しく演奏ができる」。Sさんは、その喜びをピアノと声を使って全身で表現します。

Sさんが過ごした少年期、青年期をSさんのお母様はどのような思いで見つめていたのでしょう。決して平穏な成長ではなかったのではないでしょうか。多くの苦しみの中から音楽という喜びを見つけた息子の姿を誰よりも喜んだのはやはりお母様だったのではないでしょうか。Sさんの演奏にはそんな母と歩んで音楽と出会った存外の喜びが感じられるのです。

嫌なことは宝物の入り口

Sさんのコンサートを聴いて      たなか さとし

二歳のときに視力を失った

私には 光がない

私には 色がない

でも 生きることで 

光が見える 思い描ける

生きることで

色が見える 思い描ける

母は 私が二歳の時

眼球を残すか 取り除くか 悩んだ

母は 私の確かな命を大切にするために

眼球を取り除くことを選んだ

悲しかっただろう

苦しかっただろう

母の救ってくれた命が

音楽をみつけた 光と色をみつけた

そして 詩も 大きな喜びもみつけた

嫌なことは宝物の入り口

そしてSさんは、これまでSさんを支えてくれた方々への感謝の気持ち、そして今ではその方のお役に立つことができるようになった喜び、そして、世界中で苦しむ人々へ思いを馳せ、自分の境遇を決して嘆くことなく生きることの喜びを私たちに伝えてくれるのです。優しく力強くピアノの音色に載せて。

黄金の手

Sさんのコンサートを聴いて      たなか さとし

私はどれほど多くの黄金の手に

支えられただろう

街を歩くとき ピアノを弾くとき

悲しい 嬉しい歌を歌うとき

私はどれほど多くの黄金の手に

支えられただろう

そして 今

私も この手で一人の人を支え

励まし 勇気づけている

黄金の手を使う喜び

黄金の手を使うときの何とも言えぬ気持ち

黄金の手は、人へのためでなく

自分の心を豊かにする

天が 人に授けた贈り物

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