ルドルフ・シュタイナーが見つめた子どもの姿
ルドルフ・シュタイナーは、1861年に生まれ、1925年64歳でその生涯を閉じています。日本でいうと幕末に生まれ、明治、大正を生きた人ということが言えます。現在でも、シュタイナー学校が世界の各地にあり教育者としての側面が有名ですが、農業や医学、建築、芸術など多くの分野において彼は独特の思想を展開してきました。それは、彼の目に映り頭の中を駆け巡った宇宙観の表れともいえるでしょう。その宇宙観の中には、自然霊や目に見えない形で人間の存在に働きかけているさまざまな力を、実際に知覚し認識する能力を自らが身に着け、それらを宇宙観の中で展開するというものであったために各方面から批判をあび抑圧されることもありました。
シュタイナーの宇宙観は、地球、太陽、月など目に見えるものが、時間というリズムを刻む流れの中で進んでいる現実の世界を超えた別の尺度を持った見方で捉えられているように感じます。言い換えると、目には見えないものを感じようとする意志が見て取れます。そして、シュタイナーの宇宙観には人間だけが特に強調されることなく、海や空、空気、岩石などの非生物や昆虫、鳥、魚、草、木など多くの生物が存在する宇宙の一部分として、人間の姿を捉えることが大事な要素となっています。あくまでも、あらゆる生物や無生物のつながりの中に人間があるのです。
そのような宇宙観の中で、シュタイナーは人の命の存在を数々の生物の肉体を経てこの世に再び生を受け、また再び肉体から離れ死を迎える輪廻転生の思想の中に位置づけています。ですから、子どもの誕生を「生まれたばかりの小さく未熟な子ども」とは捉えずに、長い年月を経て幾多の生物の肉体を介し、今また新たな肉体を得てこの世に誕生した「かけがえのない尊い命の現れ」と見るのです。ですからシュタイナー教育では、子ども一人一人の尊厳を何よりも大切にします。そして、植物が芽を出し葉をつけ花を咲かせるように、子ども一人一人の成長の過程における順序性を重視します。また、決して子どもどうしを比べ、優劣をつけ、ふるいにかけ、競争させるようなことはしません。教育とは、あくまでも個々の子ども一人一人が、より伸び行くためにあるものだという考えに基づいています。
シュタイナーは、教育の行われる時期を7年ごとの3期に分けて考えています。つまり誕生から7才までを第一期、8才から14才までを第2期、15才~21才までを第3期とします。
・第1期(0才~7才)
それまで肉体を持たなかった「生命体」が、新たに「肉体」を得て乗り移ろうとする受肉の時期です。この時期には子どもの持つ全ての感覚器が、そのアンテナを伸ばし発達しようとする時で、見えなかったものが見え、聞こえなかったことが聞こえ、感じられなかった匂い・味を感じ、ありとあらゆるものを触ってその感触を感じようとする時期です。このとき教育を行おうとする親や幼稚園、保育園の先生が気をつけなければいけないことは、さまざまな現象をそのままダイレクトに子どもは感じているのだということを十分に承知しておく必要があるということです。
また、その現象を子どもたちは、「模倣」することによって内部に吸収していることを知っていなければいけません。したがって、親や教育者は、この時期には特に「きれいな物」「きれいな動き」を子どもの周囲に置いておく必要があります。親や教育者が美しい言葉を使い、正しい姿勢で歩けば、子どもも美しい言葉を使い、正しい姿勢で歩くことになります。美しい風景を見に行ったり、夢のようなお話を聞かせてあげることにより、それらの情景が子どもの中に映し出されます。一方で、親や教師のいらだったトゲトゲした内面は子どもの中に暗い影を落とすことになります。記憶力の芽生える前には、これらの行為は子どもの記憶に残ることがなくても、内面に育とうとする感性に後々影響を及ぼすこととなります。
これら幼年期における「模倣による成長」は、8、9才まで引きずっていきますが、しだいに弱まり消えていきます。6、7才になると、記憶力がだんだんと発達し、それまで感覚だけで行動していたのが、しだいに経験を生かしながら行動できるようになります。この頃、お気に入りの本ができ、同じ本を何度も何度も読んでもらい、最後にはほとんど丸暗記してしまうことがありますが、これは新たに芽生えた記憶の力を使う楽しみを覚えてきたことを意味します。
生れてから7才までの第1期は、このように「生命体」が「肉体」に移り自由に動くための運動機能やまわりの状況を感じ取る感覚機能を「模倣」することで身に着けていく時期になります。この時期に社会性を強制的に教え込むことは極力避けるべきであり、できうる限り親や教師の態度によって学ぶようにさせるべきです。もし、間違った行動をとった時などは、それと同じ行動を親や教師がとることで、それはおかしいことだということを感じさせるようにするとよいのです。このようにして、子どもの歯が乳歯から永久歯に生え変わる頃に第1期を終えることになります。
・第2期(8才~14才)
次に8才から14才までの第2期です。生命体が肉体を得て自由な行動がとれ「基本的な感性」を身に着けた後に、「魂」を吹き込むことになります。このときから、科学的な現象や社会現象を子どもに見せたり、語学や数学の学習を行ったりしていきます。ここで注意しなければならないのは、あくまでも抽象的になることなく子ども達が実際に見ることができることや、体験できることをテーマとし、明確な形で学習を進めるようにすることです。シュタイナー学校では、数学を初めに教えるときに、1,2,3,4,5,…のアラビア数字を使わず、Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅴ,…のローマ数字を使います。1,2,3,はひとつ、ふたつ、みっつ、を記号として1,2,3,と扱おうと約束したもので、何で1,2,3,なのかが不明確です。そこで、ひとつはⅠ、ふたつはⅡ、みっつはⅢ、となりよっつはⅤよりⅠ少ないⅣ、と約束することで実際の数と記号との間に、なぜこうなるのかという説明がつくことになります。そしてⅠ,Ⅱ,Ⅲ,で数の概念をしっかり学んだ後で1,2,3,に移っていくのです。このようにあくまでも不明確な内容に陥らないように教材を工夫しています。
そして、第2期のシュタイナー教育に欠かすことのできないことは、子ども達が音楽、美術、演劇、など優れた芸術作品と出会うことです。子ども達は、優れた芸術作品を鑑賞する中で理屈なしに高まる感情を感じ、自ら演奏し作品を作る中でそれまで感じることができなかった感覚を発見し、空想の世界を創造するのです。そういった体験活動が、人間の中に「魂」を吹き込むためにとても大切なのです。
さて、「魂」を吹き込むとはいったいどういったことを指して言うのでしょう。第1期での生命体が肉体に乗り移るという行為は、他の動植物にも共通して起こる営みになりますが、そこに「魂」が吹き込まれることで、人としての固有の感情が芽生え、自らをコントロールするための思考力や意思が備わることになります。つまり「魂」が吹き込まれることで、つらい、悲しい、などの感情が育つとともに、個々のアイデンティティーが形成されることになるのです。それまで、眠っていた「魂」が、自然界の法則に触れたり、芸術作品に出会ったり、感動的な体験を経験するうちに、しだいにきめ細かな「感性」を身に着けるようになります。そして、他人とは違ったその人だけの「感性」をまとった新たな「魂」が誕生するのです。その「魂」は新たな体験を得るたびに磨きがかかり、どんどん豊かな人間性へと成長していきます。第2期には、このようにさまざまな体験を通し「魂」を育てていかなければいけません。この時期に「体験」を伴わない知識だけの学習を繰り返すことは「魂」の成長を阻害することになります。
さて、第2期に親、教育者はどのような態度で子ども達に接すればいいのでしょう。第1期には、子どもの姿、形、動作を「模倣」することで、自らの「生命体」を「肉体」へと適合させていきました。この第2期には、子どもから見た大人の対象が「権威」そのものとして映らなければなりません。大人は自分を導く「尊敬」の対象となります。ですから手本を見せて子どもに教えるのではなく、はっきりと指示していかなければなりません。ただこの時にも子どもに分かるような言葉で具体的に指示する必要があります。そして子どもの行いを注意深く観察し、その行動に評価をしてあげることが大切です。そうすることで子どもは安心感を得、同時に嬉しくなってきます。
・第3期(15才~21才)
いよいよ教育の完成が行われなければならない第3期15才から21才になります。第2期から第3期を迎える頃、子どもたちは第2次性徴という大きな体の変化と同時に、心の大きな変化も迎えることになります。第2次性徴における身体の変化は、周囲の人にもはっきりとわかる大きな変化ですが、内面的な変化については周囲の人に理解されるのが難しく、しばしば親子間、教師・生徒間でトラブルを起こすことになります。第2期にあった「権威」に対する安心感が、15、16才になるとだんだん薄れ次第に消えていきます。これに変わって今まで無条件で受け入れていた「権威や規則、規律」に対して疑問を持つようになり、その「権威や規則、規律」の説明を求めるようになってきます。それまでは、「権威や規則、規律」の中に身を置くことで安心していたものが、諸現象や社会のしくみの「構造」について興味を持つようになってくるのです。シュタイナーはこれを「自我の目覚め」と言っています。
このようにして、第3期になってくると、それまで身の回りに起こる自然現象を観察し、認知するだけにとどまっていたものが、それだけでは満足できずに、何故そのようなことが起こるのかを探ろうとする意欲が子どもの中に湧いてくるのです。この時期から自然科学の分野では、現象を引き起こす理論の学習に入ったり、社会制度の背景についての学習を行ったり、美術作品を見てもその作品を制作したときの作者の心情について考えたりするようになります。いわゆる「具体的な現象を、概念として深めていく教育」を進めることとなります。
この時期になるとシュタイナー学校ではイスを作るなど、一つの完成された、しかも売り物になるような製品を制作させる授業を行います。生徒は、実際に売れる製品を作るためには、どのようなことに気をつけなければいけないかを考えたり、製品の強度を計算したり、持ち運びや収納など機能的な問題に取り組むなど、総合的な製品作りを行うことになります。この学習では、生徒に完成品を作るという意欲を持たせるとともに、総合的な学習をもっとも実際に則した形で行うことができます。もちろん、半完成品を組み立てるキットのようなものは一切使わず、できるだけ未加工の原材料を使い、製品コストも考えて完成させていきます。これは、ただ単に理論を理論として終わらせる事なく、実際の製品の中に生かされた理論として考えることで、幅の広い学習を行うことになります。と同時に、一つの理論を教師からの一方的な定義付けに終わらせないという意図も含まれています。
生きた概念を子ども達に獲得させるには、教師が定義付けを行うのではなく、教師ができるだけ多くの角度から性格付けを行っていき、その中から子ども達自らの手で概念をつかませるようにするべきなのです。このような方法をとることで、何よりも子ども達は「熱中」します。この「熱中」できることが、この年代の子ども達にとってとても重要なことなのです。
第3期、15才から21才では、もはや大人は「権威」の対象ではなくなっています。子ども達から見れば自分達と同じ「人間」ということになります。ただ、できる限り彼らの人生に示唆を与えられるような「人間」でありたいと思います。第2期から第3期への、「権威」から「人間」への変化は、大人にとっても子どもにとっても乗り越えねばならぬ大きな峠と言えるでしょう。
このようにして、シュタイナー教育では、子どもの成長過程を3期に分け、その発達段階を十分に考慮した中で、その段階にもっとも適切な方法で丹念に教育を行っていきます。基本的には、あくまでも子ども達を競争の中に置くのではなく、一人一人の内面の成長を手助けするという立場で教育を行っていくと言えるでしょう。こうして、身体の成長にみあった内面的な成長を遂げていった子ども達は、まず第一に自分に自信が持てるようになり、更に新しい世界を見てみたいという願望から新たな挑戦を求める意識が持てるようになります。
<参考文献>〇ルドルフ・シュタイナー著、西川隆範訳「シュターナー教育の実践」東京イザラ書房〇子安美知子箸「シュタイナー教育を考える」東京学陽書房〇シュミット・ブラバント、ヨハネス・シュナイダー箸、高橋巌訳「シュタイナー教育と子供の暴力」創林社