背伸びとジャンプ!
二十世紀初頭、ロシアに彗星のごとく現れ、それまでの心理学諸説に鋭く切り込んだ“心理学におけるモーツアルト”とも称される実験的・理論的心理学者レフ・セミョーノヴィッチ・ヴィゴツキーの有名な研究の一つに「発達の最近接領域」があります。
ヴィゴツキーは、子どもの発達の過程の中には、自分の力で解決できる課題と自分の力ではまったく解決できない課題の間に、親や教師など他からの援助があれば次第に自分の力で解決できるようになる課題があるとし、この発達の一歩先にある課題領域を「発達の最近接領域」としました。ヴィゴツキーは、親や教師が子どもの指導にあたるとき、この「発達の最近接領域」に働きかけることが重要であるとしています。
私は、電車のつり革に初めて手が届いたとき、自分が大きくなったことに、とても嬉しくなった瞬間がありました。まったく、つり革に届きそうもないときは興味を示さなかった“つり革につかまる”という課題に、ある時「やればできるかもしれない」という成熟期を迎え、自ら背伸びやジャンプなど試行錯誤を繰り返したり、他者から助言をもらう中で、目標を達成できるようになったのです。でも、いったん“つり革につかまる”という課題を普通に行えるようになると、ハラハラドキドキしながら挑戦しようとする興味ある課題とはならなくなってしまいます。発達の過程では、成長の一歩先にもっとも魅力的な課題があり、いかに子どもの発達の程度を見極め、その先の魅力ある課題を提示できるかが教師の腕の見せ所となるのです。
私は、小学校の校長時代「工夫・相談・努力し、史上最高の学校を作ろう!」という合言葉を子どもたちに投げかけました。私の学校の最高の子どもたちは、素直に私の言葉を受け止め一人一人その子どもなりに考えてくれました。2年生のAさんは、「ちっちゃいこにやさしくするがっこう」にしたいと答えてくれました。とっても嬉しかった。4年生のBさんは、「日本一あたまもよくて運動しんけいのいい学校で、仲も良くておもしろい学校」と答えてくれました。すごいなあと思いました。6年生のCさんは、「今までの良いことを超える良いことをたくさんつくり、楽しさを何万、何億、何兆倍にする」と答えてくれました。
子どもってすばらしいと思いました。「史上最高の学校を作ろう!」という合言葉には、“このような学校”という決まった形はありません。子どもが、自分の生活する学校を良くしようという目標のもと、全校児童が、今ある発達段階で一人一人が一歩先に描く学校があるのです。その一歩先の「発達の最近接領域」にある課題を丁寧に聞き取り、尊重し具体化し励まし援助していきたいと思っています。一人一人が少しずつ工夫・相談・努力する向こうに、史上最高の学校があるのだと思っています。