「無邪気」という言葉があります。世事を知らず、世事を気にかけず、ただ自らを素直に表す様を言うのでしょうか。

脳生理学者、時実利彦先生は、「人間であること」(1970年岩波新書)の中で、満6歳の子どもでは「きょう」「あした」を正しく使える子どもがほぼ100%であるのに対し、「あさって」が70%、「おととい」が40%となり、「おととし」「さらいねん」になると正しく使える子どもは約20%になると述べています。そして、このような時間を表す言葉を実感して正しく使いこなすためには、10歳をまたなければならないと述べています。

「無邪気」にふるまうことができるのは、「今」その時がすべてだからではないでしょうか。ヒトが記憶をさかのぼった時、思い出すことができるのはせいぜい小学校入学前くらいです。それは、乳幼児期には「今」しかなく、過去も未来も認識できていないからなのでしょう。私は、「時」を認識する脳の機能が備わったと思われる10歳のある晩、突然「死」を感じました。「自分の意識は死んだ後どうなるの?」「自分の意識はいつか消えてなくなる」「自分は、この世の中から永遠にいなくなる」「こわい」「いやだ」と身震いしました。そう、時を感じることは、自分の命を感じることに他ならないのです。

それから、50年の歳月が流れ、私は60歳を迎えることになりました。50年という「時」を生きてきたのです。50年という時を肌で感じることができるようになると、私が生まれる12年前が終戦、89年前が明治元年と知り、太平洋戦争も明治、江戸の時代も遠い過去ではなくその時代を生きた人々が近しい存在に思えてきました。

現代の中学生は、どのように自分を見つめ、どのように自分を感じているのでしょうか。私は、子どもたちに「あなたの生きることのできる時間を、あなたなりに思う存分使ってほしい」「あなたの幸せをあなた自身の力で築き上げてほしい」と繰り返し伝えてきました。そして、「あなたの幸せは、周りの人の幸せがあってこそ存在する」こともわかってもらいたかった。

たなか さとし

草にうずもれ静かに眼をとじる

木々のざわめきや動物の気配を感じながら

心の音を聞く

トッ トッ トッ 

ゆったりと

しかし着実に時は刻まれる

トッ トッ トッ 

時は止まることをしない

トッ トッ トッ 

決して 時は止まることをしない

この身が滅びても

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