つながることの大切さ
アメリカ合衆国の心理学者アブラハム・マズローは、人の欲求を五段階の階層で理論化し、上の図のように表しました。マズローは、第一段階「生理的欲求」と第二段階「安全の欲求」が満たされたとき、孤立すること無く、他者とつながることを求める第三段階「所属と愛の欲求」が生じると述べています。
また、人は他者との関係をいっさい絶ち孤立した状態に置かれると、72時間で精神に異常をきたし、無気力、思考力の低下、精神の不安定、幻聴などが現れる場合があるという実験結果(「人間であること」時実利彦、1970年)があります。家族があり友人がいて、人は精神の安定を保てるのです。
ところが、このところの日本の社会を見ていると、人と人との関係が希薄になり、孤立する人が増えてきて十分に「所属と愛の欲求」が満たされていないように感じます。家庭の中でも、便利になった生活環境の中で、子ども達も大人もそれぞれが孤立し生活する傾向が見られるようになっているのではないでしょうか。衣・食・住の衣においては、私の子ども時代は、母が手作りでズボンを作ってくれたり、ほころびを繕ってくれることがありました。食においても、コンビニ弁当などが手に入る時代ではなかったので弁当を含め一食一食を母が作ってくれました。住環境も一人一部屋などはなかなか持てない状況でしたので、いつも家族が顔をつき合わせ暮らしていました。私の家が貧しかったのかなとも考えますが、掃除機、洗濯機、炊飯器、冷蔵庫、ガスコンロ、水道が無かった時代は、まさに家族全員が力を合わせ協力しなければ炊事、洗濯をなし得なかったのだと思います。今では、“家業”という言葉はあまり使われなくなりましたが、かつては、どの家にも家業があり、衣・食・住を支えるために家族が強いつながりをもって家を支えていたのではないでしょうか。
不便な生活が良いと言うのでは決してありません。不便な生活環境では「人はつながらなければ生きていけない」状況にあったのではないかと思うのです。そして、「人がつながらなくても生きていける」便利な現代社会では、意識して人と人とがつながらなければ次第に人間関係が希薄になり精神の安定も得られなくなるのではないかと思うのです。家族と一緒に食べる、家族と一緒に過ごす、家族と一緒に遊ぶ、ことがとても大切な世の中になっているのだと思います。
全国学力学習状況調査で秋田県、福井県、富山県が毎年のように上位の調査結果をもたらす大きな理由を「人と人との豊かなつながり」にあると分析し発表した研究(「つながり格差が学力格差を生む」志水宏吉 2014年)があります。すなわち、秋田県など調査結果上位の県は、家族、学校、地域など人と人とのつながりが密接であるとの調査結果が出たということです。人がより良くつながることは、精神の安定をもたらすとともに、考える力や学習などに取り組む意欲を増大させる効果があるというのです。
現在、コロナウイルスが猛威をふるい、人との接触を控えなければならない現状にあって、リモートワーク、リモート授業、リモート交流が盛んに行われています。感染症拡大を防ぐためにとても大切な取り組みだと思いますが、コロナ禍が収まった時に世の中がどのような状況になっているかが少し心配です。人とつながることがいかに大切であるかを改めて多くの人に認識していただきたいと願っています。