ルドルフ・シュタイナーが言う12の感覚

ルドルフ・シュタイナーの「人は、感覚領域を広げ感情へと発展させることで本質をつかむに至る」という言葉が頭から離れません。

参照:投稿「シュタイナーとヴィゴツキー」

シュタイナーは、いわゆる五感と言われる感覚器の他に七つの感覚を加えヒトには12の感覚があると言います。その12の感覚を紹介します。

1.視覚 

光と色の世界。多くの情報を瞬時にとらえることができます。シュタイナーはゲーテの色彩論の考えに沿って色の世界をとても深く追求しています。

2.聴覚

音の世界。存在の内部を語ります。光、色が表面的なのに対し、音は内面を感じさせてくれます。見ただけでは分からなくても、叩いた時の音を聞けば、物体がどのようなものかを知る手がかりとなります。音はそういった内部を語る世界であるとともに、音は空間を作ります。音楽によって空間の情景を変えたり、沈黙の中に巨大な広がりを感じさせてくれたりします。

3.味覚

味の世界。味はもっとも原始的で本能的な感覚です。

4.嗅覚

匂いの世界。嗅覚も味覚と同様、もっとも原始的な感覚です。犬や猫は味覚や嗅覚が発達し高い選別能力を発揮します。人間も味覚や嗅覚で精神を興奮させたり逆に精神を静めたりします。日本の文化は味覚と嗅覚を非常に大切にし発達させてきたと言えるでしょう。また、味覚と嗅覚は最も高級な感覚とも言えます。「かおり高い作品」「味わい深い作品」など、この感覚は高級感を兼ね備えています。

5.触覚

接触の世界。存在感覚をつかさどる世界とも言えます。視覚で捕らえられても実在するかどうかは分かりません。物体は触ってみて初めてその存在を感じることができるのです。また、子どもは母親との接触を持たないと感情生活が育たないと言われるように、ただ存在を意識するだけではなく、接触によって心の触れ合いも感じることができます。私は、子どもが深刻な問題に直面したとき、その子の手を握りながら解決策をいっしょに考えることがありました。そうすることによって子どもと一体となる意識が持て、子どもは心を開いてきます。

6.熱感覚

熱の世界。暑い寒い、熱い冷たい、が熱感覚ですが、実はそれだけでなく恥ずかしい思いをすると体中が熱くなったり、怖い思いをすると背筋がゾッと寒くなったりすることがあります。またあの人は冷たい人だとか、暖かい人だとかいうふうに温度に表せない人の熱を感じることがあります。これらの感覚も含めシュタイナーは熱感覚としています。

7.均衡感覚

バランスの世界。人は無意識のうちに直立し歩行することができます。これは、人が重力方向を感じることができるからです。シュタイナー学校では真っすぐに立っていることを意識的に感じる練習をカリキュラムの中に入れています。均衡感覚は、このほか花瓶などの物体を見たときに安定した形であるか、不安定であるかを判断するときにもはたらきます。

8.運動感覚

動きの世界。自分の体の動きを感じるとともに、運動する他の物体から感じ取る感覚です。この感覚は、音楽や美術作品の中からも流動性などの形で現れてきます。

9.生命感覚

生命力の世界。人には気持ちが高ぶるときや、沈んでしまうときがあります。そういったようすに対して敏感であるかどうかということです。生命感覚に富む人は、人が弱っているときなど、いち早く感じて思いやりを示すことができます。

10.言語感覚

言霊の世界。言葉に含まれる音以外の効果を感じる感覚です。たとえば人に「バカだね」と言えば程度の差こそありますがバカになってしまい、逆に「いい子だね」と言われるといい子になります。また、花に向かって毎日のように言葉をかけると花の伸び方が早くなったり、飼い犬に優しい声をかけてあげるとだんだん顔つきが穏やかになったりします。このように言葉には、言葉以上の力がありそれを感じる感覚が言語感覚です。

11.概念感覚

直観の世界。言葉では説明のつかない直観的に理解する感覚です。たとえば、「空間の広がり」というものは、私たちのこれまでの経験の中から直観的に感じることのできることですが、なかなか説明ができません。また、「悟り」という言葉も、「悟り」を感じることができる人にしか分からない直観的な概念と言えるでしょう。

12.個体感覚

多数の物体を多くの中の一つとして見るのではなく、かけがえのない一つ一つの集まりとして見る感覚です。クラスのA君を、同じような生徒が集まった集団の中の一人として見るのでなく、あくまでも他の生徒とは違った一人のA君として見ることができるかどうかということです。花を見ても、石を見ても、鳥を見ても、同じように見えますが、そうではなくかけがえのない、この世に唯一の花、石、鳥、と見る感覚です。

(参照:「シュタイナー教育と子供の暴力―親と教育者のために」創林社 シュミット・ブラバンド、ヨハネス・シュナイダー、高橋巌 訳)

人が生まれ成長する中で、これらの感覚の感度を次第に高め感情を合わせもって見つめる中に本質が見えてくるとシュタイナーは言います。人間が生活する中で感じることは、化学的や物理的に説明がつくことばかりではありません。同じ食べ物でも一人だけで食べるのとお気に入りの誰かと一緒に食べるのでは味が違ってきます。妻や母の作る料理がとてもおいしく感じるのは私だけでしょうか。森の中に数人で入った時、何を見、何を感じるかは人それぞれによって違います。化学的、物理的に説明が難しい部分まで感じることができる人とは森に住む動植物の呼吸や小さな虫たちの意思をも想像しながら森を見る人です。そこで感じる情報量が多いほど本質に近づくことができるように思います。いずれにしましても、家庭生活を円滑に営む上にも社会生活で活躍するためにも、理屈では説明できないものを感じる力を身に着けることが本質を捉える上でとても大切なことだと思います。シュタイナーの言う12の感覚の感度の鋭い人は家庭においても社会に出ても「何が正しく、何が大切かがわかる人」ではないでしょうか。

シュタイナーは古代ギリシアのギムナスト(体育教師)の行った教育の流れの中にシュタイナー教育を位置づけています。ギムナストは格闘技や円舞を通して多くの感覚を子ども達に身に着けさせました。そしてシュタイナー学校ではオイリュートミーやエポック、芸術体験、物作りなど日々の教育活動を通して意図的にこれら12の感覚を高めていきます。しかし、意図的ではなくとも子ども達は自然の中で体を動かして遊び家族と深く関わり多くの友人と感動体験を重ねることや、芸術作品に多く触れ、自らも芸術の世界の中に身を置くことで多くの感覚を身につけることができるのだと思います。人は人との関わり、運動、芸術によって感覚の芽を伸ばすことができるのだと私は信じています。そしてその感覚の芽を土台として、自然科学や社会科学の領域に興味関心を抱きさらに多くの情報を身に着けてバランスの取れた成人へと子どもは成長するのではないでしょうか。家庭教育や学校教育の中で改めてそういった多様な感覚を育てるという視点を持って子どもを育てていくことが大切だと思います。

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